のれんの向こうがわバックナンバー


 その十八

ここ美作の国にまつわるお酒の話や町の話題、蔵人の内緒話、蔵からのメッセージなどエッセイ風に皆さまにお届けしていきます。

 落語と蕎麦とお酒で一興…
〜西蔵での「蕎麦の会」を訪ねて〜

 秋も深まり、おいしいもの、面白そうなものがやたらと目につく季節である。せっかくなら、勝山ならではの粋な風情を楽しみたい。というわけで、今回は御前酒のもうひとつの蔵、『西蔵』が主催する「蕎麦の会」に出かけてみることにした。

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 今年8回目を迎えるこの会は、毎年新蕎麦のでる11月に行なわれている恒例イベント。噺家の三遊亭鳳楽さんと、蕎麦名人、清水敬紀さんを招き、落語と新蕎麦、そしておいしいお酒を楽しもうという、まさに三拍子揃ってのうれしい趣向なのである。

 昼の部に申し込み、午前11時の開場とともに、『西蔵』の2階の座敷に靴を脱ぎ上がりこむ。欅の大黒柱と松の大梁に支えられた重厚な蔵の内部に、現代感覚を取り入れた独特の空間は、まさに高座にはおあつらえむきの舞台だ。

 「えー、酒呑みには〜上戸といわれる人達がいまして…」と、さっそく酒にちなんではじまるマクラ。思わず「いるいる、そういう人」と誰もが喜ぶ名調子。身ぶり手ぶりに引き込まれ、会場はわっとなごやかな雰囲気に包まれていく。
 演じる鳳楽師匠は、円楽一門の一番弟子にあたり、古典落語界の中でも噺一筋の本格派でもある。きりっとした顔つきと端正なたたずまい。ネタの多さもさることながら、その完成度の高さは、通人にも一目置かれる噺家さんの一人だ。

 とにかく落語には、酒にまつわるネタが多いらしい。まずは親父さんと倅の酔っぱらいぶりが最高に可笑しい『親子酒』の一席。続いての、6代目横綱をはった阿武松緑之助という力士の実話をもとに作られた噺もこれまた実に愉快で、あっという間に時間が過ぎていく気がした。
 それにしてもなんともいえない江戸言葉の歯切れのよさ。しっかり笑わせてもらいつつ、ついでにものしりになったような得した気分までもが味わえるのは、語り継がれた古典芸能のなせる技だろうか。

 もともと落語に登場するのは、どこにでもいそうな市井の人々。情けないけど憎めない愛すべきキャラクターばかりだ。基本的に弱者が主人公だからストーリーもあたたかい。でも深い部分で人間の本質をついていて、本当にこんなよくできた話、楽しまない手はないと、素人ながら思ってしまう。もちろん身ぶり手ぶり、表情、声色、間合い…、演じる噺家さんの芸に酔いしれることは言うまでもないが。

 さてさて、落語のあとは、お口の楽しみ新蕎麦の登場だ。腕をふるう蕎麦職人の清水さんは、もともと宮崎で蕎麦屋を開業なさっている。自慢のせいろは、並粉をつなぎなしで打った蕎麦粉100%の生粉打ち。その年ごとに厳選した国内産の玄蕎麦を、自家で石臼で挽くというこだわりを「あたりまえ」のごとく貫いているのもさすがである。
 食前酒としての「蕎麦前」でまず一献。
 先附けの蕎麦もやし、地鶏粕漬け、蕎麦雑炊などに続いて、割った竹に塗り付けた蕎麦焼き味噌が出される。飲める人ならこれで軽く2合はいけるだろう。蕎麦を待つ間、純米吟醸の3年古酒をぬる燗で頼み、なめなめ、ちびちび…という按配。

 江戸の昔、もともと蕎麦は、食事というよりも、煙草や珈琲のような嗜好品として食されていたそうだ。蕎麦食いに行こうといえば「茶店に行こう」みたいな感覚だったらしい。江戸前の蕎麦は、うんと待つわりに、さっと食べてスッと帰るのが粋である。挽きたて、打ちたて、茹でたてがなんてったって一番おいしいわけだから、待たされる方も心得たものだ。

 お酒も空いてちょっと手持ちぶたさになった頃、ようやくメインの「鴨せいろ」が運ばれてきた。落語でもってすっかり緊張もほぐれ、すでにほろ酔い状態で体はでれーっとゆるんでしまってる。が、おもむろに鴨南の熱い汁をすすり、冷たい蕎麦といっしょに口に入れた瞬間、思わずしゃきっと目がさめた。

 「うまいっ」。誰だって思わず口について出るくらいのうまさである。合鴨特有の滋味濃厚なつゆ、広がるネギの香味、そして、きりりと角のたった洗練された蕎麦の喉ごし…、なんだかキュンとするような感動である。「しあわせ〜」という以外の何者でもない。

 すべての工程に職人の清水さんの蕎麦に対する愛情が注がれていて、ていねいな心配りと技を感じさせてくれる。それら一つひとつのこだわり、すなわち楽しむ心に感謝の気持ちでいっぱいになる。

 ひと口食べたら、後はもう箸が止まらない。ひたすら一途に蕎麦をたぐり、その豊かな風味を味わうだけだ。そして最後は、蕎麦がきをクレープで包んだような菓子で締めくくり。自然の甘味だけが、さっと口に広がり消えていく。

 いつものように、西蔵は大人のための贅沢な時間が流れていた。夜の会食もいいが、たまにはこんな小粋なシチュエーションで昼酒を楽しむのもいい。大人を磨く「上質の憩い」を味わうためにも。
 おいしいお酒を楽しむ術を知り、落語が好きで蕎麦が好きとくれば、少なくとも熟年を過ぎて虚脱感でいっぱいなんてことにはならないですむ。自然体でこざっぱりしていて、なおかつ遊び心をもった大人になれるのはいつの日か…。そう考えると、年を重ねるのも悪くないなあと思う。感謝の気持ちで、また来年のこの会を楽しみにしようっと。

2001年12月1日



 その十七

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 オイサーオイサー 祭りだ!祭り!
〜勝山伝統行事「喧嘩だんじり」の熱い夜〜

 上手(かみて)と下手(しもて)に分かれた2台のだんじりが、一定の距離をおいてにらみあった瞬間、殺気にも似た緊張感が男たちの顔にみなぎった。たたみかけるような鐘と太鼓の早いリズム、どっとあがる見物客の歓声、そして「オイサーオイサー」というかけ声が沸き上がる中、男たちが一斉に力を合わせ、だんじりをぶつけあう…。毎年10月19、20の両日の夜行なわれる勝山の喧嘩だんじりは、胸のすくような男の祭りだ。

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 だんじりの「突き棒」を担う「ぼうばな」は祭りの華。運動神経とイキのよさをかわれて選ばれるのは、20代〜30代の若者達だ。ぶつかる寸前の一瞬のタイミングでさっ と身をかわさないと、だんじりに挟まれて重傷を負うこともある。危険と背中合わせで果敢に突進していく姿は、勇ましく、実に誇らしげだ。

 だんじりの上で指揮をとる総代の掲げる提灯を合図に、向かい合った2台のだんじりが勢いよくぶつかりあう。前、横、後ろについた男たちの呼吸がピタリと合った時のスピードと一体感は、ぞくぞくするほどスリリングでもある。

 なにせ、2〜3トンもあるだんじりが、まともに真正面からぶつかりあうのだ。 「どおん!」という衝撃音とともに、だんじりの後方が勢いあまってはねあがる。後ろでみていても、体にズンと振動が伝わってくるようだ。
 ぶつかると、どちらかがすぐに下がり、何度もこれを繰り返すのだが、両方の力が見事なタイミングで均衡すると、だんじりは真ん中で押しも押されぬ形となる。見物客の興奮はいやがおうにも高まり、総代もだんじりの上に立ち上がって応戦。一歩でも引き下がるまいと、力をふりしぼるように腰を入れ、足をふんばる男たちの姿に、見ている方も思わず力が入る。

 エネルギーを発散させ、体中にみなぎるこの熱い興奮こそが、祭りの醍醐味。最初は雰囲気に圧倒されていただけだった私も、だんだんと「見せ場」にのめり込み、気がつくと日常をふっとばすようなスカっとした気分を味わっているのだった。

 過疎化や高齢化が進んでいるといっても、この日ばかりはよそごとにしか思えない。県外で生活する社会人も大学生も、そして勝山で暮らしたことのある外国人までも、決まって毎年この日には、身も心も「祭り状態」になってふるさとに帰ってくる。高校生を含む若い世代が、年季の入った旦那衆に指揮されながら、負けじと大声をはりあげ、祭りをぐいぐいとひっぱっている光景も、はたでみていて頼もしい。そして子どもたちは、目をキラキラさせながら、母親の手をにぎりしめ、祭りの情景を幼い五感に焼きつけていくのである。

 祭りは、人心をひとつに束ねる不思議な時間と空間をはじきだす。10月の声を聞く と、女たちは各家々で自慢の鯖寿司をこしらえ、準備の世話を焼いたりと忙しい。町中の人々の目の色が変わり、普段もの静かな旦那衆が一変するのは昔も今も変わらないのだ。

 ひとつの場所でのだんじりの取り組みが終わり、観衆は我さきにと次の場所へと向かっていった。「喧嘩…」は町内の数ケ所で行なわれ、夜中近くまで、「オイサーオイサー」のかけ声と気勢をあげての祭りは続く。時々酔いを冷ますかのように、男たちの後ろ姿が闇の中にまぎれていく。振り返ると、提灯の明かりにともされた沿道はしんとした空気に包まれていた。食べものを売る露店もなく、祭りにありがちな縁日の賑やかな光景とは、最初、どこか一線を画しているなあと感じたこの風情も、「動」と「静」のコントラストを浮かび上がらせてくれる、ニクイ演出だったかもしれない。

 祭りが終れば、きっと誰もが、さっぱりと洗いたてのような晴れがましい顔になっているだろう。しばらくは、今宵の興奮を酒の肴にして語り継ぎ、またそれぞれの生活へと戻っていく。ひょっとしたら来年の自分の晴れ姿をもう心の中に膨らませながら…。

2001年11月1日



 その十六

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 人を活かす町のかたち
〜勝山暮らし一年目。
    村上さんの「あんどん作り」を訪ねて〜

 訪れた人に「こんなところに住んでみたいな」と思わせる町。究極の町とはきっと そういうものかもしれない。勝山は、一見すると、およそ観光地とは言いがたい、静 かでなにもない町である。けれど、子ども時代を緑も川もない下町の商店街の中で過 ごした私にとって、この町は遠い憧れを抱かせる。こんなところで育っていたらどん なに素敵だっただろう…、そんな思いがいつも心の中をよぎるのだ。
 白壁の蔵、古い町並みと美しい川辺の景色、格のある昔ながらの酒蔵、格子戸、暖 簾、打水…、日本の「かたち」や「心」が実にコンパクトに、しかも調和のとれた姿 で凝縮されているのである。  町の風景は、そこに暮らす人たちの性格や気質も伝えるといわれる。人に対するや わらかな包容力や、落ち着きや知性といったものは、町並みと同じくゆっくりと時間 とともに練り上げられていくものなのだ。
 勝山は最近、古い空家を店鋪として貸し出す「古民家再生事業」にも取り組みは じめた。すでに何人かのこだわりをもった人が、古い佇まいを利用した個性的な店づ くりを展開し人気を集めている。  そんな中、最近この町にやってきておもしろいものを作っている人がいるというの で、さっそく会いに顆山亭(かざんてい)を訪ねてみることにした。

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「ギャラリー かずらあんどん coffee」

少し前まではなかったそんな文字に誘われるように中へ入る。
 もともとここは、地元の人と観光客のふれあいの場として親しまれている手作りの 無料休憩所。町の人が作った焼きものや染織品、ちぎり絵の作品なども展示され、訪 れる人の目を楽しませてくれているのだが、ふと見るとそこにいくつもの「あんどん」 が新たな顔ぶれとして加わっている。和箪笥の上に品よくディスプレイされたそれら は、和紙の淡い色を通してほんのりとやわらかな光であたりを照らし出していた。シ ンプルな造形ながら見た目にとても美しい。くすんだ色の土壁に、“和のあかり”は 静かに、まるで空気のように溶け込んでいる。

  このあんどんを製作しているのが、今年の6月、北九州からやってきたという村上 研ニさん。たまたま一枚の民宿のチラシを見て訪れ、気がついたら住み着いてしまっ ていたという変わりダネ(!?)。顆山亭の管理番兼マスターを仰せつかって、日がな 一日お客さんの相手をしながら、趣味のかずらあんどんをこしらえて暮らしているの である。 「もう、3、40個ぐらい作ったかな。かなり売れましたよ。…ええ、安いと言われま す。でも喜んで気に入ってくれる人がいればそれでいいんです。欲しそうにしている 人は見ていてわかるので、ついまけてあげちゃんうんですよね(笑)」。

 材料のかずらは勝山周辺の野山で自ら採取。ちょうど10月から11月がベストシーズ ンらしい。 「かずらにこだわるのは、加工もしやすいし、工夫しだいでいろんな形が生み出せる からでしょうね」。 かずらの持つ自然な曲線を生かしながら、頭の中に描いたフォルムを形づくる。出 来上がった枠の中に檜皮や和紙を内側からていねいに貼っていくのが簡単そうに見え て難しい。でこぼこした枝の表面にきれいに紙をはわせながら、端を切っては合わせ 切っては合わせを繰り返す。バランスや美的感覚はもちろん、手先の細やかさも要求 される。それでも、かずら細工は昔から趣味でやっていたので、小さなものは半日あ れば出来上がる。ただ、少しでも納得がいかないものは絶対に出さないという。素人 目にはどこがおかしいのかさっぱりわからないものでも、これは「いかんと」ときっ ぱりボツにしてしまう。それも、村上さんがもと空間デザイナーだったと聞いて納得がいった。

 もともと、最初から勝山を選んでやってきたわけではなかった。 「どこか人里はなれた山の中で、自然を素材にもの作りができて、そこで料理をだし たり、人が集れるギャラリーみたいなものができればいいなあと思ってたんですよ。 とにかく山とか川とか、自然のあるところならどこでもよかったですね」。 20年以上、都市を舞台に店鋪や空間のデザインを数多く手がけてきた。多くの顧客 を抱え、昼も夜もないような毎日。仕事としてのやりがいはもちろんあったが、いわ ゆるしがらみの中で、創造したいものと、要求されるものとのギャップに板挟みにな ることも多かった。しだいに、そんなギスギスした都会での生活に息苦さを覚えるよ うになった。 「人生のリセットボタン」という言葉がある。それまで築いてきた仕事も人間関係も すべてを放り出してまで、村上さんを見知らぬ土地へ駆り立てたもの。それはただ、 自分らしく生きたいという宿望そのものだった。 「あの頃と比べたらほんとに180度の変わりようですよ」と村上さんは笑う。でも、 「なくしたものよりも得たものの方が何倍も大きい…」。

  たまたま縁あって暮らしはじめたここ勝山の町で新しく手に入れたものは、ていね いに人やものとかかわれるのんびりとした時間と、自然を感じながら自分なりのもの 作りが楽しめる生活。好きな料理を作ってもてなせば、そこに喜ぶ人がいてくれる。 人としてかけがえのないものを手に入れた村上さんを、周囲も温かく支えている。 顆山亭の管理をしながらもの作りを勧めてくれたのも、住む場所を格安で提供してく れたのも、時々ささやかな「救援物資」を差し届けてくれるのも、他でもないこの町 の人たち。さりげなく気にかけてくれるそんな町の人のやさしさに、村上さんは少し でも恩返しができればと思っている。

 「最初勝山に来た時、白壁の町並みがきれいだなと思ったけど、それ以上に人の温か さが身にしみたんです。ここに自分がいるのは技術があったからでもなんでもなくて、 ほんとに人のおかげなんですよ」。 最近は町並み保存事業を応援する会の人たちとの交流もあり、違う立場から意見を 交わすことも。空間作りのプロである村上さんの目からみても、勝山はまだまだ素敵 になる可能性を秘めているらしい。 普段着のまんまで心を通わせ、人を活かしあいながら居心地のいい場をつくりあげて いく…。村上さんと町の人たちとの関係を通じて、またひとつ、この町の魅力の一端 を見たような気がした。
2001年10月1日



 その十五

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 のれんギャラリー その2
〜保存地区の「のれん」を訪ねて〜

 まだまだきびしい残暑が続いているとはいえ、暦の上ではもう秋。朝夕の風が、ほんの気持ちひんやり感じられ、一歩一歩秋が近づいてきているのを実感する今日この頃です。 先月に引き続き、今月もそのあざやかなのれんに誘われて、保存地区のお宅を何軒か訪ねてみました。「まあ座って…」と声をかけられ、気がつくと時間を忘れて話にひきこまれていることも…。 「のれん」は訪れる人と住まい手とのふれあいに一役かっているのです。

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「また来るね」といいたくなる 坂本ガラス店

 茶色の濃淡を基本に、多色で染めあわせた渋めののれん。落ち着いた色使いはまるで、秋の夕暮れを思わせるよう。 それにしてもこの絵柄、二件隣の森本酒店ののれんとどことなく感じが似ているような…。 「色違い? そうでもないんじゃないの(笑)。ガラスというのは無機質でしょ。あえて具象化せずに、自由に作ってもらったんですよ。このお店は何屋さんかなと思わせるのもいいかなと思って…」と、店の奥からでてきたご主人の顔を見てびっくり。森本酒店のご主人と瓜ふたつ。聞けばお二人、なんと双子のご兄弟でした。ひょっとしたら、のれんの製作者の加納さんも、そのへんを意識して作ったのかも。  創業は昭和の初め頃。おばあちゃんの嘉津江さんよると、今の店は昭和9年の室戸台風の水害で倒れた木を使って建てたそうな。店の中のたたずまいもきっと当時のまんまなのだろう。土間にあるテーブルの下がなぜか掘りごたつになっていたり、胴乱やつまごぞうり、くつわといった古い民具が、そこかしこに吊り下げられていたりと、昔の生活を連想させる懐かしさであふれている。 それら一つひとつを披露しながら説明してくれるおばあちゃんは、「なんでも知っている」と家族から頼りにされている存在。店の中の指定席に腰掛けて、日がな編み物をしながら店番をするのが日課。「こうしているといろんな人に会えるのも楽しいしね」。  思うに、町家の店先は、半分生活の場をかねていながら、誰もが気軽に立ち寄れる社交場のような空間でもある。店の間にはいつも誰かがいて、人が訪ねてくると「座ってお茶でも飲んでいって」と声をかけられる。保存地区のお年寄りがみな元気で、こぞって親切なのは、毎日人とおしゃべりをして、人生を楽しんでいるからに違いない。 ここでも冷たい飲み物をごちそうになり、いつものごとく居心地の良さに長居をしてしまう。帰り際の「また来ねーよ」と、気さくな声かけに思わず心がほころんだ。

かすかな消毒液の匂いが懐かしい
理容 コユキ

 入り口には小さな看板と、のれんが一枚かかっているだけ。昔は、散髪屋さんといえば必ず、赤と青のストライプが中でぐるぐる回るタワーが立っていたものだが、それがないせいか、逆にすっきりと個性的な雰囲気を印象づけている。 のれんに描かれているのは、3つの尖った三角形。ハサミをモチーフにしているのかなと思いきや、実はこれ、櫛の歯なのだそうだ。なんとも大胆で、ユニークな意匠である。消毒液の匂いがかすかに残る店内は、塵ひとつ落ちていないほど掃除が行き届き、散髪道具もきちんと整理されている。床屋になくてはならぬ特大の鏡も、磨きこまれてピカピカの状態。あとはお客さんを待つばかり…なのだが、実際は日に何人かの常連さんがポツポツとやってくる程度らしい。 それもまたご愛敬で、保存地区のゆったりとした時間の流れの中にいると、そんなのどかな散髪屋さんの風景が妙にピタリとはまってしまう。お母さんと2代で切り盛りして、もう50年。ご主人の本多さんは、中学を卒業後すぐに理容学校に進みこの道に入ったというから、かれこれ35年のキャリアだ。「町並み保存事業を応援する会」のメンバーとして町の活動にも力を注ぎ、古い町家を無料休憩所として改修したりと、仲間とともに好奇心いっぱいの町づくりを楽しんでいる。

最初の「のれん」はここから誕生… 三協商建

 最後に、「町並み保存事業を応援する会」の会長をつとめる行藤さんの自宅会社を訪ねてみた。入り口には、紺地に白い丸を染め抜いた大振りののれんがかかっている。 「うちは水道屋だから、水がはじけたようなデザインのものも含めて6枚ほど作ってもらったかな。季節に合わせて取り替えてます」。そもそも、「のれん」の町並みは、町内の有志が「過疎化や高齢化が進む町並みに元気を取り戻そう」と、「応援する会」を発足したことに端を発する。行藤さんは、会の発起人であると同時に、地元の染色作家である加納さんに最初にのれんを依頼した人でもある。 「でも本当のところは、隣町の商店街が大規模にリニューアルしたのを見て、こっちも負けてられない、という意地もあったかな(笑)」。 間違っても二番煎じで巻かれるような真似はしない。あくまで「こっちはこっちのやり方で」というその心意気が頼もしいのだ。伝統的な町並みの良さを誰よりも愛し守ってきたのはそこに住む人たち。住まい手である自分たちが楽しんで自慢できなければ町だって活き活きしない。毎年行なわれる「勝山のお雛まつり」や大晦日のそば打ち、そして、休憩施設としての空家の再生事業も、そんな暮らしの中のスタンスから生まれた工夫と演出で、訪れる人の心をひきつけてきた。 実際に勝山の男たちは自分たちの祭り(けんかだんじり)がどこよりも誰よりも一番かっこいいと思っている。言い換えれば、それは自分たちの町がいかに好きかということの証だ。客寄せのための観光町おこしをよしとしなかったのも、そんな勝山人の矜持のあれわれかもしれない。歴史と文化を育んだ勝山というベースに誰もがこだわり、その中でそれぞれが身の丈に合った暮らしを営んでいる。興を心得た人々の豊かさに触れれば触れるほど、そこには武士も商人もない、心をひとつに結ぶ城下町ならではの粋な世界がずっと今日まで続いているのを感ぜずにはいられないのである。

2001年9月1日



 その十四

ここ美作の国にまつわるお酒の話や町の話題、蔵人の内緒話、蔵からのメッセージなどエッセイ風に皆さまにお届けしていきます。

 のれんギャラリー その1
〜保存地区の個性豊かなお店屋さん〜

 夏のきびしい陽射しをやわらげ、さわやかな季節感を演出してくれるのれん。保存地区の家々や店先には今日も元気に(!)、そんな色あざやかなのれんが風に揺れています。 「町並み保存事業を応援する会」のメンバーのかけ声から始まったハンドメイドの町おこしも、もう7年目。そこから生まれた「のれん」は、すでに66軒を数えています。 住む人の思いを反映させ、一軒一軒、デザインや色、大きさが異なるのも魅力的。 どんな人が住んでいるのかな…、そんな思いでのれんをくぐると、そこには、垣根をまったく感じさせない素顔の出会いが待っていたのでした。 というわけで、今回はそんな素顔の一部をご紹介したいと思います。

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心のこもったおまんじゅう ●前田製菓
 春は若草色、夏は紺色、秋は茶色と季節によって衣替えする大振りののれん。「丸に梅鉢」の家紋を中央に配し、小さく端に「酒まんじゅう」と染め抜いてある。渋い色あわせとデザインが、店先に活け込まれた清楚な山野草と調和して美しい。もともとの創業は戦前で、当時は羊羹やあめ玉などいわゆる「昔菓子」をこしらえていた。今は、二代目に嫁いだ米子おばあちゃんとお嫁さんの好江さんが商いを守る。いまや勝山の銘菓といえば誰もがここの「酒まんじゅう」をあげるほどの知名度。実は、15年前米子さんと好江さんの女ふたりが、試行錯誤の末に完成させた傑作なのだ。「(まんじゅうが)ふててしまってなかなかうまいこといかんでね」。そんな苦労を米子おばあちゃんは楽しそうに振り返る。ちなみに「ふてる」とは「機嫌を悪くする」の岡山弁。水を使わず、御前酒「美作」だけで練り上げる生地はやわらかで上品な風味。日持ちがしないので、毎朝その日の分だけを手作りするが、出来たてのおいしさからは、作り手のやさしさがそのまま伝わってくる。 「勝山はね、城下町だから殿様商売の町なんて言われてね。お上手言うのはへただけど、その分裏表がなくて誠実なのがとりえ。人間が落ちついていてせかせかしていないよ」。おまんじゅうを買い求めにやってくるお客さんにも「お茶をどうぞ」と気軽に声をかける。とびっきりおいしい一服に自然体のおしゃべり…。そこには「茶房前田」の看板をあげてもいいくらいの心地よい「癒し」があるのです。

孫の代まで考えたもうひとつの名物?
●秋田自転車店
 車輪をモチーフにした鮮やかな紺ののれん。丈がやや短かめで風になびく印象も実に軽快。いかにも「走りそう」な自転車屋さんのイメージそのものだ。「うちは同じデザインで夏用と秋用、計3枚作ってもらってます。天然の素材でしょ、日焼けが進むので、染料を改良してもらったんです。今のは丈夫ですよ。もともと生地は麻だし」と、ご主人も満足そう。加えて、4年前に新調した贅沢な木の看板もご自慢のひとつ。「100年もつ看板を」とわざわざ県北のらんま職人に頼んであつらえたそうだ。このあたりのこだわりが、いかにも勝山人らしい。古い町並みに住む人たちにとって、ものとは永?くつきあうのが基本。仕事の姿勢にもそれは貫かれる。「自転車も今はスーパーでも販売してるけど、うちは修理もやるからね。きちんと直せばお客さんも喜んでくれる」。ちなみに秋田さん一家は、3世代同居の7人家族。育ち盛りのお孫さんにも、「良いものを直しては使う」の精神は、きっと受け継がれていくんだろうな。

変わらないもののありがたさ…。 ●須田たばこ店
 くちばしに枝をくわえて飛ぶ一羽の鳩。業種となにか関係があるのかなと考えながらのれんをくぐる。「それね、ピースのラベルの絵柄です。たばこを吸う人にはすぐにわかってもらえるんですけどね」。奥からランニング姿で出てきたご主人が、気さくな笑みをうかべて教えてくれた。なるほど、言われてみればその通り。ただし原案は鳩がたてに描かれている。時代の移り変わりとともに、たばこもラベルも次々にリニューアルする中、唯一変わらないのが、『PEACE』の意匠。たばこ屋のシンボルにはやっぱりこれがふさわしい。今は、切手とたばこ、それに雑貨をこぢんまりと商う。それでも40年ほど前は、店がバス停の休憩所もかねていて、人の出入りも多かった。もともと須田たばこ店のある城内は、保存地区の一番北側にあたり、城跡に最も近い(現在はそのすぐふもとに役場があり、かつては官庁が立ち並んでいた)。その昔はそれこそ「お上の通る」敷地でもあった。「二階建てはまかりならん」と平屋造りの町家も少なくなかったそうだ。現在の須田さんのお宅は、建て替えて二階建て。秋におこなわれる勝山の伝統行事「けんかだんじり」のメイン舞台、真正面ということもあって、毎年店の二階は、当然のごとく報道陣と見物客の特等席になる。

「地酒」と勝山の町をこよなく愛す…。●森本酒店
 連日の猛暑。よく冷えたビールはどこの家庭にも欠かせない。ご近所への配達、お中元の包装…、この時期酒屋さんはなにかと忙しい。 そんな中、とびっきりの明るい笑顔で接客していたのは奥さんの益子さん。お客さんの方も楽しくなってついつい会話がはずんでしまう。本来の「地酒」のありかたにこだわり、3年前から1反5畝の田んぼで山田錦の自家栽培にも取り組んでいる。同じ保存地区の御前酒に醸造を委託し、PB酒として販売。その名も「顆山」(かざん)。毎年500本の限定だからすぐに売り切れてしまうらしい。とにかくうまいと評判なのだ。 店にかかるのれんは、その「顆山」のイメージを託したもの。周辺の山林と町を流れる旭川をモチーフに、多色使いならではの微妙な色のグラデーションが美しい。一枚ののれんの中に勝山の風土が描かれているのかと思うとロマンも広がる。 そして、「地酒」と勝山の町をこよなく愛すご主人の昭夫さんは、「町並み保存事業を応援する会」の主要メンバー。町のこととなると、いてもたってもいられない性格らしく、益子さん曰く「土・日になると町の用事でいなくなるし、お酒が入ると熱く語りはじめるんよ…」。 勝山の町と人を大事に思う気持ちは誰にも負けない!のである。
2001年 8月 1日



 その十三

ここ美作の国にまつわるお酒の話や町の話題、蔵人の内緒話、蔵からのメッセージなどエッセイ風に皆さまにお届けしていきます。

「フランス・ボルドーワインの聖地から」
 
〜御前酒蔵元に聞く旅の話〜 

 人にとってはうっとおしい梅雨も、木々や花たちにとっては、生命の潤いを得る恵みの季節。雨あがりの保存地区を歩くと、葉をいっぱいに広げたイキイキとした緑が目にとびこんできます。
 いつもならこのコーナーでは、そんな保存地区での催しや人と暮らしのひとコマをご紹介しているのですが、今回は、先日イギリス・フランスを回り、ボルドーの名だたるシャトーを訪問してこられた御前酒蔵元、辻社長の話しを中心に、ワインにまつわるインタビューで構成してみました。普通の観光目的では決して立ち入ることのできないという名門シャトー。その風景に思いを馳せてみたいと思います。

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辻 「訪ねたのは、シャトー・ラトュール、シャトー・マルゴー、シャトー・ラフィット・ロットシールト、シャトー・デュクリュ・ボーカイユの4つのシャトーです。6月の中旬で、ちょうどぶどうの花がつきはじめの頃でした。何ヘクタールもの広大な畑に、腰丈くらいの幹が整然と連なるさまは、最高のぶどうの実を収穫すべく、いかに大切に育てられているかがひと目でわかるような光景でしたね。シャトー全体のたたずまいも日本の造り酒屋とはケタが違います(笑)。グランクリュのシャトーともなると、もう絶対的というか、村中はもちろんフランス国中が誇りに思うぐらいの偉大さですよ」。

― フランスボルドー地方、それも世界最高水準の赤ワインを生み出しているメドック地区には第一級に格付けされる名だたるシャトーがキラ星のごとく集まっている(ちなみに辻社長が訪れたシャトーのうち3つが第一級。シャトー・デュクリュ・ボーカイユは第二級)。“シャトー・マルゴーを売ることは、エッフェル塔やモナリザを売るのと同じこと” アメリカ企業がシャトー・マルゴーを 買おうとした時、フランス政府はこう言って断ったという有名な話しもあるくらいだ。

辻 「日本酒は米と麹(こうじ)、ワインはもちろんぶどうから造りますよね。日本酒も原料にはこだわりますが、ワインのそれとはかなり違う。わかりやすく言えば、ワインの場合は「一に畑、二に畑、三、四がなくて五に畑」なんです(笑)。ワインの品質は、95%以上が原料であるぶどうで決まるといっても過言ではないくらい。それだけに、彼らはよいぶどうを育てることに最大のエネルギーを注ぐわけですよ」。

― もともとワインは単発酵なので、醸造のプロセスは実にシンプル。日本酒が「並行複発酵」、俗に三段仕込みといわれる非常に高度な技術を必要とするのに対し、ワインは乱暴な言い方をすれば、収穫したぶどうを潰し、しかるべき期間中樽の中で発酵させた後、ビン詰め貯蔵するだけ。けれど、ぶどうの出来が特によかった年のワインは素晴らしい個性を発揮しヴィンテージがつけられる。日本酒が「一もと、二麹(こうじ)、三造り」といわれる「匠の世界」なら、ワインはさしずめ土壌や気候風土でそのすべてが決まってしまう「銘醸地の世界」といえそうだ。

辻 「収穫のタイミングも非常にデリケートで、わずかな期間に300人くらいの人手で一気に刈り入れるんです。機械は使いますが直接房をもぎ取るのではなく、枝を揺すって実を振り落とし、それを手で拾っていく。ぶどうも押しつぶすのではなくて、皮に切れ目をいれ、実とに丁寧に分けるようですね。 造りでおもしろいのは、ぶどうを収穫して発酵させる際、有名シャトーではすべて新樽を使う点。そのつど樽をつくるので、そういうところは専門の樽職人を抱えています。 名門シャトーのぶどうというのは、新樽の強い木の成分とはりあうだけの生命力をもっているんです。 そこで生まれる二次的なもの(ぶどうのタンニンとヴァニラやシナモンといった樽香などさまざまなものが溶け合う)が複雑で奥深いワインの味になるんですよ。 逆に弱いぶどうだと、一度使った樽でないと負けてしまうみたいです。 地元で飲まれるワイン? 値段も手ごろなカジュアルなワインが多い。ヴィンテージワインなんて、当の村人も口にはできないでしょう。でも、ぶどうの収穫年をみて、このワインだと何年寝かせた方がいいとか、そのへんの飲み方は心得ているようです。 あと、なにかお祝ごととか、お客をもてなすときとか、ワインを開ける時の演出が、むこうの人はとても上手いね」。

― 世界でもっとも広く造られ、一番多く飲まれているお酒、ワイン。偉大なシャトーは、その存在自体が奇跡ともいえる興味深い伝説に彩られているようです。宝石にもたとえられる最高峰のワインとはいったいどんなお味なのでしょう。日本酒にしてもワインにしても、お酒にはその土地の風土と人の思いが滴となって溶け込んでいるはず。それぞれのお酒の物語をみつけ、お気に入りの一杯を心ゆくまで楽しむのも一興かもしれません

2001年 7月1日


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